CryptoBeerPunks STORY Episode 0 エルのある日のSNSの投稿より

あの日のことはあんまり覚えてないし、人生の汚点だからできれば思い出したくもない。
けれど、今考えればあの日がアタシにとっての、始まりの日だったかもしれない。
去年の7月4日、アタシの誕生日。
20歳になった記念にバースデーパーティーをしようって、
友達が地元にある小さなバーを貸し切ってくれた。
そのバーは大学に行く途中に通る道の、お蕎麦屋さんの隣にある店で、
壁に「スーパー★マージ」って書かれたネオン管のクソダサ看板があって。
店名やべーなって思ったけど、どうやらそうじゃなくて、
あとから聞いたらその店のマスターの考えた造語で、 キャッチコピー的なやつらしい。意味は知らん。
ただ、大学の先輩たちがよく「講義終わったら超本気行こうぜ」とかSNSに書いてて、
超本気、スーパーマジ、スーパー★マージ……ああ、あの店のことかって。
知ってる人たちの間ではそこそこ有名な店だったんだろうな。
肝心の店の名前は覚えてない。キャッチコピーのインパクト強すぎ。
アタシはパンクロックが好きだ。特に1970~90年代のパンクロッカーたち。
ライヴ中に客とケンカしたり、テレビの生放送中に放送禁止用語を連発したり、
やることなすことすべてが破滅的で、衝動的で、攻撃的で、
今じゃ炎上必至の、お世辞にもお行儀の良い人たちとは言えないけれども。
でも世の中の不条理に真っ向から怒りを投げつけて、
行き場のない人たちの思いを代弁した。
政治権力に反抗し、命が危険に晒されることも厭わない。
そんなヤバすぎるパンクロッカーたちがこぞって愛したもの、それがビールだ。
ビールっていったい何なんだって、ずうっと思ってた。
ずっとじゃなく、ずうっと。ここ重要。
味とか喉越しとか、よく聞くそれ系のやつじゃなくて。
アタシもビールを飲めるようになったら、パンクの心? 精神? アティテュード?
そういうのに触れられるかもってさ。
日本は18歳で成人なのに、飲酒は20歳からってのがマジ意味わかんなかった。
「あと2年も待つんか!?」って毎日キレ散らかしてたな。
だからバースデーパーティー当日はめっちゃ気合入ってたしテンションぶち上がっていた。
席に着くなり、真っ先にビール頼んだ。
銘柄は覚えてないけど、アタシがパンク好きって言ったら、
カウンターにいたお店のマスターらしき人がスタスタやってきた。
「パンクといえばアメリカかイギリスだけど……」って言ったあと、
「お嬢さんはイギリスっぽいね。それじゃイギリスのビールを出しましょう」って、
なんか淡い色のビールをグラスで出してくれた。
しかもグラスには「No Future」とか書いてあって。
店内のBGMはジャズっぽいやつだったけど、マスター、わかってんねって思ったわ。
口に運ぶまではだいぶ挙動不審だったけど、覚悟決めて軽く啜ってみた。
そしたらびっくりするほど苦くて、店内に響くくらいのクソデカ声で
「苦~~~~!!!!」って叫んだ。
もう思ってたのと全然違くて、こんな苦いモノの何が美味いんだって訳わかんなくなった。パンク関係ねぇ、ひとっつも関係ねぇ!
でも頼んだ以上は飲み干さなきゃって使命感に駆られて意地になって、
料理多めに注文して食べながら少しずつ飲んで、なんとかグラスを空けることはできた。
1杯目でもう顔真っ赤になって、けっこうクラクラ来てたんだけど。
「夏だしもっとキンキンに冷えたヤツが欲しい!」とか調子乗って2杯目頼んじゃって、
今度はさっきより濃い色のビールが出てきた。
それ半分くらい飲んだあたりで……トイレに駆け込んでリバースして……。
そこから閉店まで奥のテーブル席で寝てたっていう……。
ほんとお店の人に迷惑かけてごめんなさいって、謝りに行こうと思っていたのだけれど。
それからすぐに戒厳令が出て、自衛隊や米軍基地の人たちが街のあちこちを封鎖して、
「アレ」が起きたせいでシェルター生活始まって、あとは皆さんご存知のとおり。
ちなみに「アレ」はNGワード認定されててそのまま投稿するとエラーになる。
言論統制もここまで来たか。マジねーわ。
「アレ」から一年、やっと外に出られるようになった。
つっても大学はまだオンライン授業継続中だけど。
教授は昔あったパンデミックを思い出すねぇ、って話してたけどピンと来んし。
とにかく、アタシには行かなくちゃならない場所があった。
街はまだ、そこら中の道路が通行止めだし、
ドローンはひっきりなしに空飛び回ってるし、
警備ロボなのか掃除ロボなのかわからないロボがあちこちでロボロボしてるし。
建物も無事なやつとダメになったやつの格差ヤバいし、
通行人全然いないし、戦車見ても驚かなくなったし。
幸い、って言っていいのかわからないけど、
アタシの住んでた地区は被害が少なくて、実家も無事だった。
両親も、5匹の猫もみんな元気。
だけど、友達は何人か、旅立ってしまった。
一年前まで当たり前のようにあった、日常の風景が今はもうない。
大学行く途中の坂道ですれ違ったタヌキも、猿島で見たでっかいウミウシも、
近所のコンビニで深夜にバイトしてたイケメン店員も、
きっともういないんだろうなぁ。あーあ。
でもめっちゃセミ鳴いてる。さっそく蚊にも刺されてる。虫スゲー。
そんなこんなで、やっと目的地に到着した。
でも、あのクソダサ看板はなかった。
店は無事だったけど、閉まっていた。
当然ドアも開かなかった。
バーだし、夜しか営業してないのかなと思って事前にネットで調べたけど、
ランチ営業もしてるってお店の公式アカに書いてあったから来たんだけどな。
あ、でもこれ、よく見たら更新が去年の7月4日で止まってる。
「今日は貸し切りで地元の学生さんたちの誕生日パーティーです」だって。気づかなかった。画像がなかったのがせめてもの救いだな。
雨もポツポツ降ってきたし、今日はもう帰ろう。
そう思って引き返そうとしたとき、どっかで見覚えのあるおにーさんに呼び止められた。
向こうは「あの日みたいに派手な髪型と格好だったから一目でわかった」だって。
まあ自分、パンクなんで。
おにーさんはお店のスタッフさんだった。
アタシの誕生日パーティーのあの夜もいて、どうやらリバースしたあとの介助や、
トイレの掃除もしてくださったとのこと。ほんとマジすんません。
おにーさんに一年越しに謝罪しにきたことを告げると、
「そんなことでわざわざ来てくれてありがとう」って逆にお礼を言ってくれた。
それで、「マスターも喜ぶから、よかったらどうぞ」って。
店の鍵を開けて、中に案内してもらった。
アタシは「じゃあせっかくなんで」と店の中にお邪魔した。
奥のカウンターの、船の模型の横。
アタシに人生初のビールを振る舞ってくれた、マスターの遺影がそこにあった。